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ひとつ星




 人肌といふもの熱くひとつ星        
驢ノ719

 

 
 駄句である。






ひとつ星、とは北極星のこと。

北極星のことを、孤独だ、と言ったのは
誰だったか。




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冬の夜空は、真空の宇宙までひとつながりに突き抜けている。
孤独とは、星のことではなく、
その星を見上げる人間が、自分自身の小ささに気付くこと、
そして、その存在の寄る辺無さに慄く気持ち、のことかもしれない。

真夜中、街の灯りの届かない小さな橋の上に立ち星を見上げている。
両足で石橋を踏みしめて、仁王立ちしているつもりなのだけれど、
少し揺れているのかもしれない。
後ろに立つ君の胸が、少しずつ近づいてくるのを感じる。
私がふらついた時に支える心積もりなのだろう、きっと。

むき出しの頬は火照っているけれど、
コートの下、身体の奥は、静かに冷えている。
冷たい酒を過ごすと、こんなふうに不安定な酔い方をする。
森の奥の苔のような味のジンを、大きな氷と少しの水で薄めて、
カウンターに置かれた蝋燭の灯りをグラスに映しながら、啜っていたのだ。

君は、甘い香りのラムのストレートを味わっている。
私は、香りに誘われる昆虫のようにその唇から眼が離せない。
その視線を読んだように、君はグラスを滑らせて、
少し飲んでみる? と言う。
薄く小さいグラスに唇をつけると、香りと裏腹にドライな酒が舌を灼く。

ほほう、いいね。

若い男に相応しい選択。
甘い横顔と強い筋肉が、その酒を選んだのか。
良い選択、選択は大切。
人生は選択の連続だから。





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こんな風に、強い酒、濃い酒を味わうのは、
酔うためではなく、覚ますためだ。
霧のように、心を隠すもの。
鱗のように、肌を隠すもの。
その曖昧な鎧を、少しずつ剥ぎ取るためには
柔らかいワインや、炭酸水で割ったカクテルでは弱すぎる。
もっとエッジの効いた蒸留酒が必要なのだ。

本当に欲しいものは、なに。
一番触れて欲しいところは、どこ。

酔ったから言うんじゃない。
覚めているから、感じるんだ。

だから、言葉はいらない。

もう、酒の時間はおしまいだ。



そして、今、石造りの小さな橋の上に立っている。

橋は、彼方と此方をつなぐもの。
選択は大切。
行くも戻るも、自分で決める。

背後にいたはずの君が、低い欄干を背に私の目の前に立つ。
まさか、飛び込むと見えたわけではなかろうが、
橋の下の細い流れを隠すように立ちはだかっている。
川端に見える、葉を落とした柳の様に細くしなやか、と見えた身体は、
接してみると意外に分厚く、そして熱い。

ただ指はとても冷たくて、その長い指が私の頬から耳の後ろへ滑りこみ、
髪を掻き分けて、首筋をしっかり掴み引き寄せる。


そして、星が見えなくなる。






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最近、家から二駅向こうの、旧い商店街のはずれに、いいBARを見つけた。

季節外れのミントジュレップを飲んでいるのは、高校時代の友だち。
娘二人を嫁がせて、年明けにはその内の一人が里帰り出産で帰って来る、
というので、束の間の夜遊びに誘ったのだ。

ラムやテキーラなど、ラテン系の酒が得意だというマスターの
薀蓄を聞きながらの、いつもの幻視である。

酔い覚めの夜道、星がきれいな季節。
もし、隣を歩くのが、同い年の女友達でなかったら、と
つぶやく代わりの十七文字。

ただ、「ひとつ星」は季語ではないようで、悩ましい。

でも、人肌って、冬っぽいから、まあいいか。





















Commented by saheizi-inokori at 2018-12-14 17:14
最初、ひとつ屋と読んで出たあとおもいました。
幻視を読んで、やっぱり出たあ。
そういう酒を飲みたいな。
Commented by mother-of-pearl at 2018-12-14 17:15
ふ ふ ふ.......

最後の種明しはなさらずとも良かったのに
真面目だなー驢人さん (^_-)

身体中が凍りつく季節にこそ、カッと喉を焦がし一気に発火点に導く蒸留酒。
ワンショットに限る、その潔さが好みです。

素敵な時間を分かち合えて、良かったですね^_^
Commented by unburro at 2018-12-14 17:45
> saheizi-inokori様

ひとつ屋、ですか、それは色っぽい。

私にとっての幻視は、妄想より、色付きの夢のような感じ。
妄想の様に、自分でコントロール出来ない感覚があります。
自分で作り出した登場人物なのに、勝手に動いていく感じです。
だから、いいところで、目が醒める(笑)
0 +1
Commented by unburro at 2018-12-14 17:50
> mother-of-pearlさま

そうなんですよ〜
種明かしは蛇足か、どうか、って
相当悩んだんです。

しかし、本文がどうもピリッとしないまま進まなくなったので
夢オチ的にお茶を濁しました。
まだまだ、修業が足りませんね(^.^)

ちょっと、お酒が足りなかったかなぁ…
Commented by こんの at 2018-12-15 07:57 x
これでいい! これでいい 完璧は、かえって味気ないものです(笑)

人肌といふもの熱くひとつ星     驢ノ719

(あぁ いいなぁ) これもいい!
Commented by touseigama696 at 2018-12-15 09:13
17文字に潜む長大な散文詩を
息を詰めて拝読しました
上質なエロティシズムは
筆者に力あってのもの
感銘すると同時に
これは同じく上質な映画シナリオであり
演じられそうな女優はもしかしたら
ジャンヌ・モローかな?と
「恋人たち」という古い映画の最後のシーンと
背後に流れたブラームスの弦楽六重奏曲を
思い出していました
Commented by unburro at 2018-12-15 09:39
> こんのさん!

オチ、を付けないと落ち着かない関西人としては
落としどころ、が肝なのですが、今回はイマイチでしたね。
でも、安心感重視で、こんなところかな…と^ ^

雪国では、人肌の熱さはまた一段と、ふふふ、ですね。
Commented by unburro at 2018-12-15 10:06
> touseigamaさま

ジャンヌ・モロー!
渋いですね。

大人の女の物語、日本人には難しいですかね…
最近、いい味の男の方は増えてきましたが、
女性の歳の重ね方は、難しいです。

若く見えることが美しいことではない、と
ジャンヌ・モローは教えてくれましたが、
さて、自分がそこそこの歳になると、
じゃあ、どうするの?と立ち止まってしまいます。
まあ、中身から、ということで、こんな言葉遊びをしています。

しかし、感銘、とか、ブラームス、とか、褒め過ぎです。
でも、褒め言葉をするりと受け取るのも大人の嗜み。
有り難く頂戴致します(^.^)
Commented by hanamomo60 at 2018-12-18 20:35
今夜も上質なものがたりをお聞かせくださって嬉しく思います。
主人公の女性は誰にしようかな~と思いました。
unburroさんの書くおはなしはそんな楽しみを与えてくれます。
このバーは何か音楽はかかっておりますか?
それともグラスの中の氷の上下が入れ替わる音まで聞こえるくらい静かですか?

夫がよく行くバーがあるのですが、なかなか私は出かけられずにいます。
そのバーのマスターは80代ですが、ひと月に一度奥様(年上です)に花束を贈るそうです。
開店の時間は若い人たちに任せ、午後8時ごろ認知症になり始めた奥様を寝かせてから蝶ネクタイを締め、タクシーでバーに出勤するそうです。
素敵なご夫婦です。

今日の俳句はとても艶っぽいですね。
熟柿のように艶っぽいです。


Commented by unburro at 2018-12-19 00:22
> hanamomoさま

そういえば、このバーのBGMは、とても静かです。
ほとんど聴こえないくらい。
他のお客さんの話も、聞く気になれば、聞こえる。
でも、自分たちの話に集中すれば、気にならない。
そんな程度のジャズっぽい音楽です。

80代のマスター、渋いなあ〜
老舗のバーですね。
若き日の年上の奥様とマスターの物語を想像すると、
まさに映画か小説。
ふと、津川雅彦と朝丘雪路を思いました。

熟柿、って、
じゅるっと甘くて、でも、くどいところがない。
酸味は無いのに、爽やかな香りもあり、
いろんな顔を持つ、おとなの女…ふふふ。
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by unburro | 2018-12-14 15:47 | Comments(10)