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野兎




野兎は雪を跳び越え宙に消え              驢ノ491



駄句である。




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足跡は、ほんの3メートルくらいの長さしか続いていない。
その前後は、積もったままの雪。

どこから来て、どこへ去ったのか。
幻の兎、である。


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(これは、誰の足跡だろう。)



雪国の早春を旅したのは、振り返ればもう、ひと月前の事。
たった二日間の出来事を、順を追って書き進めているうちに、
あっという間に、あたりは春爛漫。
桜も散り始めた。

そろそろ、旅の記録を閉じて、時間を進めなくては、
桜やタンポポの句や写真が使えなくなってしまう。



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旅の終わりは、蕎麦で締めよう。

八海山から六日町駅までバスで降り、上越線で越後湯沢へ向かうのだが、
列車まで少し時間があったので、駅に併設されている小さな美術館へ入った。

『棟方志功アートステーション』である。
地元出身の実業家のコレクションが寄贈されて出来た展示室らしく、
棟方志功だけでなく、他の近代画家の小品もあり、肩の凝らない良い空間だ。

美術館や大きな施設に展示、公開する為の大作ではなく、
個人の屋敷や、社屋の壁を飾る為、または資産として購入された作品群には、
景気の良かった頃の浮いたお金の匂いが、多少残っているような気がする。
そんな気がする、のは、
30年前に、高騰する美術品の業界の只中に居た私の後ろめたさ、が
見せる幻であり、目の前の棟方志功や梅原龍三郎には、誠に失礼な話である。

旅先の美術館でも、こんな事を思い出すのは、
身に着いた垢のようなものか、無粋な話である。
頭を振って、頭の中にチラつく絵の値段を消し去り、
素直に、そして、気楽に鑑賞させてもらった。

時間が来て、列車に乗り込む。
二日間で、この区間に4回乗車している。
六日町、塩沢、上越国際スキー場前、大沢、石打、越後湯沢、
駅名だって憶えてしまった。
また、すぐに忘れるだろうけれど。

そして、越後湯沢に到着。
駅に溢れるたくさんの観光客に、驚き、慌てて帰りの新幹線の切符を買う。
思っていた時間の列車はすでに満席で、2時間後に一つだけ空席を見つけた。
今日の内に帰宅できればいいのだ。
越後湯沢の駅前を楽しむ時間が、与えられたというわけだ。

のんびりと、蕎麦屋へ向かう。
2度目の道は、近い。

昨日より少し遅い時間に、暖簾をくぐる。

「あ、昨日も来ていただきましたよね。」と声がかかる。

はい、ここのお蕎麦をもう一度食べたくて。と応える。
嘘やお世辞ではない、本当の事なので、するっと言葉が出る。

今日は、昨日と違いテーブル席も空いていたが、
昨日と同じカウンターの同じ席に向かう。
カウンターの内側、茹で釜の前から、天ぷら鍋の前から、お運びの若い人からも、
あ、いらっしゃい、と声をかけてもらう。

この、いらっしゃい、のまえの 「あ、」のところに、
「あ、昨日のお客だ」「あ、また来た」という驚きや親しみが含まれている。
真っ赤なダッフルコートが、目立っていたからかな、と思いつつ、
どうも、どうも、また来ました、と腰を掛ける。
益々、お腹が減ってくる。

今日は、濁り酒。
舞茸天ぷらは、二つ。
野沢菜の煮菜、も、もう一度食べたいが、
昨日から気になっていた「山菜の煮物」を注文する。
お店の人も、注文を聞きながら、
「お蕎麦は、少し後にしましょうか、一人前でいいですね。」
などと、気を回してくれる、うれしい。

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濁り酒は、清々しく生き生きと味わい深く、喉に滑る。
春の新芽を育てる滋養豊富な雪解け水、という味わい。

あああ、うまい、うまい、と味わっていると。
すうっと、細長い小盆が目の前に現れた。
見ると、ふたつの豆皿がのせられており、
それぞれに煮菜と白い和え物がこんもりと盛り付けられている。
目を上げると、昨日言葉を交わした店主らしい初老の人が、
「続けて来ていただいて、ありがとうございます。これは、ほんの気持ちで、」
と、微笑んで、立っている。

有難い。

白い和え物、と見えたのは、ポテトサラダだ。
しかし、マヨネーズは控えめで、合わせ酢か何か、和風の下味が付いている。
酒に合う、誠に合う。
ああ、うれしい、うれしい。

どちらから。

京都から、です。
野沢菜、おいしいですねえ、煮干しもいい。

などと話をする。

店で使う野菜は、全部うちの畑で作っています。
野沢菜も、畑で作って、漬け物にしています。
この山菜も、私たちが採ってきます。
今年は、雪が少なくて、山菜も早いかもしれません。

ということである。

昨日、塩沢の蔵元で、ここを教えてもらったんですよ。
また、お会いになったら、よろしくお伝えください。

ということになる。

蕎麦も蕎麦湯も、堪能して「ごちそうさまでした」と箸を置く。
「また、どうぞ」の声に見送られると、
「はい、また来ます」と応えてしまう。
この気持ちは、嘘じゃない、のだ。


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店から、駅に向かう途中、
『湯沢町歴史民俗資料館 雪国館』に立ち寄った。
昨日から、気になっていたのだが、列車までの時間を使うのにちょうど良い。
小さいビルの、階段を上がる。

湯沢を中心とした雪国の暮らしを辿るコーナー、と
川端康成『雪国』に因む資料のコーナーがあり、
どちらもこじんまり、としつつも、興味深く楽しんで見学した。

塩沢の『鈴木牧之記念館』や『塩沢つむぎ記念館』と同様に、
藁で作った生活用具や、養蚕から機織りまでの染織の道具などを
その用と美、に魅かれつつ見入った。
竹や木の蔓で作った籠にも、足が止まった。

先日、「梟通信」のsaheiziさんから勧めていただいて読了したばかりの
乙川優三郎『脊梁山脈』のテーマである木地師のつくる、椀や盆と同様に、
野山に生きる人々の手仕事は、力強さと美しさが両立しており、目が離せない。



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しみじみと、良い旅であった。



たった二日間、48時間の旅は、私の日々の暮らしの中では
瞬きする間の短い時間だ。
しかし、旅の途中でも、そして帰宅してから振り返っても、
日常から切り離され、別の次元に跳んでいたような二日間であった。


兎が雪の上に残した、ほんの数歩の足跡のようだ。









Commented by mother-of-pearl at 2016-04-08 01:36
>兎が雪の上に残した、ほんの数歩の足跡のようだ。
宙に跳んだ兎のように、自由に心を浮遊させ、雪国を巡り歩いたunburroさん。

48時間の密度の濃さと記憶力の良さに驚嘆しています。

もう少し長く異次元の空間に身を置いているはずの自分の思いの希薄さに呆れてもいる。
再び立ち寄ったお蕎麦屋さんでの心の交流が良いですね!

バブル期に、審美眼を磨き上げていらした、というunburroさんの歴史が垣間見え、ワクワクしました!
素晴らしい旅の記憶が日々の推進力になっていますね!

楽しませて頂き、有り難うございました。
Commented by こんの at 2016-04-08 07:44 x
カタルシス というのでしょうか、ホッとする気分です
ほんとにいい旅でしたですね
ありがとうございます
Commented by unburro at 2016-04-08 07:48
> mother-of-pearlさま

過分なお誉めの言葉、ありがとうございます。
長いような短いような旅行記に、お付き合いいただきありがとうございました。

記憶力は、ダメなんですが、欠けたところを脚色しています。
ま、大筋は変わらないです…^^;
この48時間の旅で、だいぶ充電出来たので、仕事や家事に邁進します!
(と、言いながら、膝の調子がイマイチなので、ぼちぼち…かな)
Commented by unburro at 2016-04-08 07:53
>こんのさん!

はい、いい旅でした。

今野さんの「夫婦で桜旅!」も羨ましいです‼︎
私も、いつか夫婦旅、行きたいです(^o^)
Commented by pallet-sorairo at 2016-04-08 09:40
>野兎は雪を跳び越え宙に消え

いつの間にかもうひと月も前になってしまった良き旅を締めくくるのにぴったりな句。
さすがです。
ほんとにいい旅をなさいましたね。
こんな風な出会いを呼ぶのはunburroさんの人徳の故でしょう。
私にとっての越後湯沢は温泉街のイメージかつ山へ行くときの「最寄り駅」。
始発で着いて終電?に乗るといったところなのでした。
温泉に泊まったこともありますが昔々のこと、今度またゆっくり歩いてみる機会を作りましょう。
へぎ蕎麦は「しんばし」、「鶴齢」を冷やでですね。
しっかりメモしてあります(^^ゞ
Commented by saheizi-inokori at 2016-04-08 10:41
あの人たちが木や竹でものをつくる、土地を耕しものを作り、食べ物にする。
同じ思想が流れているように思います。
Commented by unburro at 2016-04-08 11:53
> pallet-sorairoさま

人徳とは、とんでもない…食い気、だけです。

始発で来て、終電で帰る、山旅。
かっこいいですね。
私も次は、そんな旅先を、探してみます!

「鶴齢」よろしく!
Commented at 2016-04-08 12:00 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by unburro at 2016-04-08 12:04
> saheizi-inokori様

「脊梁山脈」面白かったです。
古代史は、ちょっと苦手の分野でしたが、皇統を否定する過程を辿らなくては、
次に進めない主人公の葛藤、時代背景に必然性があるので、眠くなりつつも(笑)
無理なく読み進めることが出来ました。
終盤での、日本工芸会の成り立ちにも、臨場感がありました。
諸先輩に聞いた話と齟齬もなく、綿密な取材を感じました。
ご紹介いただき、ありがとうございました。
Commented by unburro at 2016-04-08 12:14
>鍵コメmさま

「良き思い出は、心の非常食」手帳大賞、ですか、なるほど。
でも、非常の時用に、残しておけないで、
すぐに食べ尽くしてしまいそうです。
でも、思い出は、減らない!から大丈夫なのかな…

そうだ、きっとそうですね^o^
心が、レッドゾーンに入った時に、思い出が、助けてくれる。
いい言葉をありがとう!
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by unburro | 2016-04-07 23:27 | 旅 八海山 | Comments(10)