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初釜




初釜や仕付けの残る春着かな           驢ノ463


駄句である。     





仕付けは、仕付け糸。

私の若い頃の話である。

仕立て下ろしの着物を着て出かけた初釜の席のこと。
席入りの前、待合で緊張して座っていると、
稽古日が違うのか面識のない婦人が、そっと近付いて来られた。
そして、私の背後に回りながら膝を付いて、
ちょっと、と言って、片袖に少し残った仕付け糸を、するり、と抜いて、
はい、と渡して下さった。

ありがとうございます。
と頭を下げたものの、恥ずかしくて、顔を上げられずにいると、
ええ色のお着物やねえ、と小さく言って、また来た時と同じように、
するすると自分の席に戻って行かれた。

そんな、事があったので、私は新しい着物や洋服の仕付け糸を抜くたびに、
初釜の炉から立ちのぼる炭の香りや、床の間の結び柳を思い出す。

そして、少し胸が苦しくなる。

でも、そのお蔭で、仕付け糸は、ちゃんと前日に抜いて、
何度も確認するようになった。



初釜_b0290638_01574071.jpg




日曜日は、娘の初釜であった。

昨年暮れに、仕立て上がった新しい着物を着せた。
数年前に知り合った呉服屋さんは、草木染に詳しく、
娘を見てすぐに、似合う色と生地を選んでくれた。
今まで、私のお下がりばかり着ていた娘にとっては、
振袖以外では、初めての、白生地を染める所から誂えた着物である。

刈安で染めたという、鮮やかな黄色の無地一つ紋を着て、
梅子の言ったこと。

「卵焼きになったみたいや。」

ちょっと、覗いた竹彦は、
「お、かわいいな、ひよこ色やな。」

ちなみに、夫は「春らしいなあ、タンポポか。」

なんというか、褒めているのはわかる。
間違ってはいないのだが、もう少し格調高い感想を聞きたかった。
品のいい黄色というのは、なんとも難しいもので、
これは、他所では見たこともない、特別な黄色なのだ、と説明しかけたが、
よく考えてみれば、卵焼きも、ひよこも、タンポポも、
確かに上品な黄色では、ある。

などと思いながら、自分の娘時代を思い出したのだ。


あの時の私の着物は、光の加減で少し橙にも見えるような、
不思議な臙脂色だった。
明るい色の似合う梅子と違って、私は昔から濃い色しか似合わない。
小さな梅の刺繍が、そこここに飛んだ正月らしい訪問着は、
以後も私のお気に入りで、色々な場面で重宝したのだが、
先日、鏡の前で肩にかけてみると、
思った通り、華やかすぎて、もう似合わない。
年相応にくすんできた顔色が、着物に負けている。

濃いめの化粧をしても、きっと駄目だなあ、品下がる。
梅子行きである。


着付けを終えて、写真を撮る為に一足先に玄関に降りた。
草履を揃えて待っていると、
ドタバタと梅子が登場して、真っ白な足袋を新しい草履に滑り込ませる。
夏のバーゲンで破格の値段で手に入れた、老舗の草履は淡墨桜の色。

私は、少し離れて、裾の長さを、再確認して、
よしよし、と帯の具合を見ようと後ろに回る。
と、
後袖に、二寸ほどの、仕付け糸が残っていた。


嗚呼、歴史は繰り返す。




初釜_b0290638_01153167.jpg

(これは茶席とは関係のない、我が家の仕事場兼客間の、小さな置き床)




家の中では、大股で闊歩する梅子であるが、
茶席では、楚々と大人しくしているらしい。
しかし、初釜の後の新年会では、結構はしゃいで来たらしく、
お酒の入った、紅い顔で帰ってきた。


15日も過ぎ、さあ、正月も終わりである。















Commented by こんの at 2016-01-19 08:10 x
> 床の間の結び柳

あぁ、やはりそれにも意味があるのですね
(なぜ結わえてるのかなぁ)と思ったりしたのです
Commented by pallet-sorairo at 2016-01-19 10:07
>二寸ほどの
そう、ここは「寸」ですよね。
何気ないことなんだけれど、光って見えました。
それにしても、幸せな光景。
羨ましいです。
Commented by unburro at 2016-01-19 11:30
> こんのさん!

結び柳、由来は諸説あるようで、
一言では言い尽くせないみたいですが、
おもしろく、不思議なものですね。

最初に結んだのは、やっぱり利休なのかなあ?
Commented by unburro at 2016-01-19 11:52
> pallet-sorairoさま

寸、尺、滅多に使わないですが、
絶滅危惧種ながら、伝統的な仕事の中で、生き延びていますね。
そういえば、
アルプス一万尺!とか

と、ここまで書いて、一万尺って、ざっくり3000メートル?
どこの山?と思って検索したら、日本アルプスのことで、
歌詞は日本製だったんですね〜

ベテラン山ガールのpalletさんは、とっくに御存知でだったのでしょうが、
私は、びっくりぽん、でした。
アルペン踊り、も、詳細不明とか(笑)
Commented by saheizi-inokori at 2016-01-19 14:29
風雅のご一家ですね。
お茶って一度だけ円山公園の野点(観光用のイベント)でいただきました。
なんにもわからない学生に武蔵が何も知らないのをからかおうとしかけた罠を見事に突破した噺をしてくれました。
形になってはいないけれど、誰もがマネのできない本質をつかんだ作法だったと。
社会人になってから、この噺をエラそうに吹聴して「な、形じゃないんだ、本質だぞ」なんて言ったのが恥ずかしい。
Commented by unburro at 2016-01-19 16:12
>saheizi様

風雅とは、程遠い毎日なのですが、
年に数回、こんな日があり、ガサツな母親である私は、
2、3日、胃が痛くなるのです。

身の丈に合う風雅?ゆとり?のようなものを、
日々探しているのですが、なかなか高低差が大きくて、
持続可能な風雅生活は無理の様です。
Commented by mother-of-pearl at 2016-01-20 00:46
しつけ糸を抜くしぐさを想いました。
真っ白の足袋や真新しい草履で玄関に立ったお嬢さんは
さぞかし晴れやかなお顔をしてお出掛けになったのでしょうね!

まるで美しい映画の1シーンのようです。

刈安で染めた黄色とはどんな色合いなのでしょう。
凛とした水仙の花束に見える黄色のようなのでしょうか。

晴れやかでお幸せな様子を分けて頂きありがとうございました。
Commented by unburro at 2016-01-20 01:33
> mother-of-pearlさま

映画の1シーン…
の様に、編集しているだけで、
実際のゴタゴタはカットしてあります(笑)

最近指に力が入らなくて、なかなかキリリと紐が結べないので、
着付けをするのに、四苦八苦。
途中で緩んできて、帯を結び直したり、大変でした。

こんな現実は、橋田壽賀子のホームドラマの様な感じです。
そこを、小綺麗にまとめただけで、お恥ずかしい限りです。
目標は、向田邦子風、なのですが…トホホです。

刈安の黄色は、レモン色を柔らかくした感じです。
生地に織り柄があり、そこが光るので、明るいところでは、
少し白っぽく見えます。
家の中や外で、色々写真を撮ったのですが、
なかなか、目で見た色には、写りませんでした。
最後には、どれが本当の色なのか、分からなくなって…
PCのディスプレイと、にらめっこ、して疲れてしまいました。
ああ、難しい(ー ー;)
Commented by こんの at 2016-01-20 12:16 x
>刈安の黄色は、レモン色を柔らかくした感じです

ふ~む それで十分わかります
黄色を撮るのは難しい!
それはいつも思います
Commented by wawa38 at 2016-01-20 23:48
壁の色、何とも言えない趣がありますね。

>仕付けの残る青春かな
初々しい感じがします。
多くの若者は、そのうち自分で仕付けを引き抜いて成長していくのでしょうね。
Commented by unburro at 2016-01-21 00:32
>こんのさま!

黄色は難しい、そうなんですねえ、
よかった、カメラマン今野さんにそう言って頂くと、
ホッとします。

また、カメラとは違う意味で、
同じ花を見ても、私が見た色と、あなたが見た色とでは、
きっと、違うのだろうな…と思う時もありますね。
Commented by unburro at 2016-01-21 00:38
>wawaさま

今どき珍しい塗り壁で、掃除が大変です。
こうして写真で見ると、壁と柱のホコリを取るために
触った跡が、ムラになっているのが、よく分かりますね…
昔の人は、どうやってそうじしていたのでしょう…?

私が、雑で不器用なだけなのでしょうか…^^;
Commented at 2016-01-21 13:54 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by pallet-sorairo at 2016-01-22 11:09
槍ヶ岳のとんがった穂先には手踊りくらいできる広さはありますが
すぐ脇にある(んです)小槍の先にはたぶん子どもひとりも立てないんじゃないかと思います。
なので、
♪アルプス一万尺 小槍のう~ぅえで アルペン踊りを さぁ
なんてはとても踊れません…はずです(^^ゞ 
Commented by unburro at 2016-01-22 17:26
> pallet-sorairoさま

あらあら、そうなんですか…
実は不思議な歌、なんですねえ。
Commented by sheri-sheri at 2016-01-22 20:53
ほんとに素晴らしいです。京都らしいきりっとした佇まいを感じます。お嬢様のお着物の色も目に浮かびます。皆さまのお幸せをお祈りします。
Commented by unburro at 2016-01-23 01:37
> sheri-sheriさま

なかなか、きりっと着せられなくて、七転八倒です。

一月の京都の町は、初釜や初稽古で着物の人が増えます。
その上、最近、観光客の着物姿も爆発的に増えているので、びっくりぽん(笑)
これから、中国圏の皆様の春節休暇に入るので、
益々、色々な言葉の方々の着物姿に、驚かされることになります。


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by unburro | 2016-01-19 02:34 | Comments(17)