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形見分け



 
 卯の花や嵩より重し形見分け       驢ノ507

 形見分けチーズスフレは母好み      驢ノ508

 青もみじ母の単に白い風         驢ノ509

 蜘蛛走る桐の箪笥に通信簿        驢ノ510

 形見分け小言の如く除虫香        驢ノ511

 柿若葉主の替わる箪笥かな        驢ノ512




 駄句である。 





一周忌の翌年が、三回忌とは、ややこしい気もするが、
その法要をするでもなく、母が逝ってから、早4年がうかうかと過ぎた。
先日、母の骨壷を手元に置いて暮らしている弟から電話があった。

そろそろ、母の遺品を整理しよう、という。
やっと母のいない暮らしを受け入れて、生活を変える気になったらしい。
電話の声も明るく、いや、明る過ぎるほどなので、逆に心配な気もして、
松介、竹彦の息子2人を運転手と荷物運びに駆り出して、
早速に実家へ向かった。




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仕事を辞めてからは、北海道で嵐に遭ったり、南の島で怪我をしたり、
その合間合間に引きこもったり、この3年間、長い旅をしていた弟である。
久し振りに会う彼は、10歳ほど若返った様な顔で私を待っていた。

一緒に暮らしてみようという人がいる、という。
ルームシェアではない、女性と同棲するのだという。

どうも最近、娘だけでなく私の周りで、「大人ままごと」が流行り始めたらしい。
悪いことではない、いや、結構なことなのだろう。
戸籍や責任に縛られない暮らしは、悪くはない。
羨ましいくらいである。

もしかしたら、年相応の責任の様なものも、少しはあるのかもしれない。
もしかしたら、もっと、複雑な事情があるのかもしれない。
いやいや、
もしかしたら、生命保険を掛けられたりして、困ったことになるかもしれない。

しかし、まあ、良いではないか。
と、段々に思えてきた。

今、笑っている弟を信用することにした。




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発病してから、入院して亡くなるまでが予想外に早かった母であったが、
普段から几帳面であり、また、いつも自分の亡き後を考えている様な人だったので、
箪笥も押入れも、見事に整理整頓されていた。

何より元々、贅沢とは縁のない質素な暮らしなので、物が少ない。
普段着を捨てたら、後はわずかな着物が残る和箪笥だけである。
古い銘仙や友禅などは、洋服に仕立て直したり小物に変えてあったので、
桐の箪笥に残っていたのは、素性の良い紬と上布が数点、
それも、広げて見れば、私の寸法に仕立て直したものばかりであった。

お見事である。


単仕立ての上布の着物は風の様に軽い、はずなのだが、
持ち上げれば、思ったよりも重く感じるのは、
私の手に渡るまでに浸み込んだ時間の重さなのか、
母の思いの重さなのか、などと考える。
考えながら、荷をまとめてゆく。

引き出しを開けるたびに、小さな防虫香が重なり合って、かさかさと音を立てる。
母は、自分で築いたこの小さな幸せを、小さな手で、全力で守っていたのだ。
もう香りの無くなってしまった防虫香は、
戦いを終えた戦場に残る薬莢の様にも思える。

よく頑張ったね、ありがとう。
もう、私たちは大丈夫、安心してください。

と、心の中で、そっと手を合わす。




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片付けを終えた後、弟が用意していたのは、懐かしいチーズスフレ。
近所のケーキ屋さんの看板商品だ。
40年近く前に、これを初めて食べた時から、母のお気に入り。
良い事うれしい事があった日は、これで祝うのが我が家の習わしだった。
息子たちに、そんな昔話を聞かせながら熱い紅茶を飲む。

40年変わらぬやさしい味と、これを買ってきた弟の気持ちに、
まだ少し、構えていた私の心が解けてゆく。


この家に、新しい女主人が来ることに違和感がないと言えば、嘘になる。
全てが、腑に落ちた訳ではないけれど、「それも縁ならば受け入れましょう」と、
古い箪笥に、言い置いて実家を出た。



空は青く、風は軽く、形見分け日和の日曜日、のことである。







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(蛇足ではあるが、
このブログは、こっそりと、穴に向かって話しかける驢馬の耳である。
あちこち脚色された日常と非日常の隙間である。大筋では、嘘ではないが、細部は嘘が多い。もし私や弟を直接知る方が、お読みになったら、驚かれるかもしれない。
また、弟と暮らすことになった女性が、うっかり読んだら、不愉快な思いになるかもしれない。弟よ、許してくれ、君の人生がオモシロ過ぎるのだ。
やめようかな、と思わないこともなかったが、書かずにいられなかった。
ご理解ご寛容を願うばかりである。   驢人)



今回の写真は、脚を痛めた弟を迎えに行って、数日を過ごした、
あの宮古島の花たちである。

振り返れば、全てが美しい。





















Commented at 2016-05-24 07:24 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by mother-of-pearl at 2016-05-24 07:29
おはようございます。

(ブログとして多少の脚色はあるにしても)
ご家族の清々しい一日を拝見し、美しい邦画を見終わったような気持ちになりました。

お母様の暮らしぶりの見事なこと!
驢人さんがしっかりと受け継いでいらっしゃるのですね。

娘の寸法に仕立て直した着物。

映画なら、その着物を手に取る場面で全てを語るシーンですね。

こちらのブログを拝読し始めた頃、弟様の状況を陰ながら案じておりましたが、
優しく見守り支えて来られたお姉様と共に私までひと安心致しました。
私はまた週末母の見舞いに飛びます。弟や妹達と様々な話をして来るのですが、背中を押して頂きました。
爽やかな青空の一日をお過ごしください。
Commented by unburro at 2016-05-24 10:29
> 07:24の鍵コメさま

おはようございます‼︎
お気遣い、ありがとうございます。

今日も爽やかな晴天です。
穏やかな1日でありますように♪

Commented by unburro at 2016-05-24 10:47
> mother-of-pearlさま

おはようございます‼︎

多少の脚色はあるにしても…
是枝監督に撮って欲しいような、1日でした。
そういえば晩年の母は、ちょっと樹木希林っぽかったです(笑)

私は、母の足元にも及ばないグータラ娘ですが、
母の気持ちをしっかり受け止めて、娘に引き継げたら良いなあ、と
今は考えています。
mother-of-pearlさんも、「お姉ちゃん」ですよね。
「兄弟って不思議だなあ、遠いのに近い」と最近しみじみ思います。
友達は疎遠になったら他人だけれど、
兄弟は、日頃離れていてもずっと繋がっているんですね。

お母様を、どうぞお大事になさってください。

早朝から素敵なコメントを頂きありがとうございました。
こんな事をブログに書いちゃっていいのかなあ…と
ちょっと不安になっていたので、とてもとても、嬉しかったです♪
Commented by こんの at 2016-05-24 12:14 x
> 戦いを終えた戦場に残る薬莢

うおぉぉ なるほど!
防虫香
いちど、こんなふうに書いてみたいなぁ
Commented at 2016-05-24 12:56 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by unburro at 2016-05-24 16:03
>こんのさん!

なんというか、母の人生を思うと、
孤軍奮闘というか、孤塁を守る、というか、
壮絶な印象を持ってしまうのです。
最後は癌と闘って、矢折れ玉尽き討ち死にした様なものなのですが、
それでも最後は、誠に綺麗に逝ったのです。
整理され片付いた箪笥の中に、ちょっと不似合いな感じで残っていた防虫香の乾いた感触が、枯野の様な戦跡を想起させたのです。

句のように、几帳面に衣替えをしていたな母が、ズボラな私を叱る小言の様にも聞こえたのですが(笑)


Commented by pallet-sorairo at 2016-05-24 16:10
>それも、広げて見れば、私の寸法に仕立て直したものばかりであった。
あまりの見事さに、言葉が見つかりませんでした。
Commented by unburro at 2016-05-24 16:16
>鍵コメmさま

ありがとう、お元気ですか?
お互い長女で、気苦労が絶えませんねえ。

最近、終活などという変な言葉があるらしい…
そろそろ、とか、まだまだ、とか思いますが、
いつ何が起こるか分からないのは確かなので…

そういえば、母も義母も、少し遠方に出掛ける時には下着まで着替えます。何処かで倒れて、知らない人に介抱された時に恥ずかしくない様に、という心構え、見習うべき昔の女の嗜みですね。
Commented by unburro at 2016-05-24 16:52
> pallet-sorairoさま

母は、本職の仕立屋であったのです。
仕立にうるさい祇園町からも指名がある腕前でした。
その腕で、私は大学に行かせて貰いました。

晩年は、眼も指も弱って引退していましたが、密かに、自分の着物をほどいて洗い張りに出して、仕立て直してくれていたのです。
いなくなってからも、頭の上がらない、見事な母でした。
Commented at 2016-05-24 22:41
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by unburro at 2016-05-24 23:21
> 22:41の鍵コメさま

このブログのお客様には、「お姉ちゃん」が多のかもしれません。
私の古い友達も、皆「お姉ちゃん」です‼︎

「お姉ちゃん」気質、というようなものがあるのだ、と思います。
そういえば、NHKの朝ドラも「お姉ちゃん」ですね(笑)
「お姉ちゃん」の時代、が来ているのかもしれません‼︎
Commented by saheizi-inokori at 2016-05-25 10:17
がさがさと片付けてしまった長男であり夫でした。
Commented by unburro at 2016-05-25 10:34
>saheizi様

形見分けというのは、普通、お葬式からあまり日が経たない内にするものなのだと思います。悲しみと混乱の残る時期なので、<がさがさと>は、仕方がないのではないでしょうか。
それが、当たり前だと思います。

弟の気持ちが収まるところに納まる時を待っていたので遅くなりました。
母も、こんなに年月が過ぎてから箪笥を開けられる、とは思っていなかったと思います。だから、防虫香が干からびてしまったのでしょう(笑)

本当は、お葬式などと同様に、混乱の内にやっつけてしまうのが良いのでしょう。ドンドン過去を片付けて未来に向かうのが在るべき姿なのかもしれません。
今回の私の「形見分け」は、忘れかけていた過去を、また広げてしまったような、タイムスリップ体験でした。
Commented by sheri-sheri at 2016-05-28 16:22
弟さんの新しくやってきた幸せ・・ほんとによかったですね。人はやはり温かみがほしい。それは心許せる友人であったり、兄弟、姉妹だったりするかもしれませんが、でもやはり自分だけの人。・・体温を感じられる関係。心の中に、さぁつと日が射したそんな情景が目に浮かびます。お母様の人生の終い方・・御立派ですね。unさんは、そのお母様の最初のお子さんで、よく似ていらっしゃる所もおありでしょう。でも、unさんは、そうとうお茶目なところがおありになるような。・・
Commented by sheri-sheri at 2016-05-28 16:25
そうそう、俳句ですが                    
青もみじ・・・
蜘蛛走る・・・・                      柿若葉・・・ 

 好きでした!                                        
Commented by unburro at 2016-05-28 17:49
> sheri-sheriさま

弟には、温かい幸せをつかんで欲しい、と願っています。

おっしゃる通り、私は、母とはだいぶ違ったキャラで(笑)
生前の母は、私を見て、安心することはなかったと思います。
申し訳ないことでした^^;

俳句も褒めていただいて、ありがとうございます。
励みになります‼︎
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by unburro | 2016-05-24 01:57 | Comments(17)