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残り雪




山肌に子犬のかたち残り雪         驢ノ481



駄句である。 



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山肌に残る雪の形で、その年の農作物の作柄を占う、と
聞いたことがある。

早春が、山に絵を描くのだ。



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(山笠を売るおじさん。これが正しい山笠のかぶり方、という見本。)


越後では、菅笠のことを、形によって山笠と富士笠に呼び分ける。
頂点が円錐状に尖がっているのが山笠、
円錐の頂点が、富士山の様に少し平らになっているものが、富士笠。
どちらにも、ゴトク(五徳)といわれる冠のような輪が、内側に付いている。
これが、風通し良く、頭にフィットする秘密。
自分の頭に合うゴトクを探すのがコツである。
雨、雪、陽射し、を遮る万能の笠、それが山笠なのだ。
ただ、風には弱い、軽いから飛ばされてしまう。

などと、いろいろ教えてくれたのは、
山笠を売っているおじさん、ではなく、
この笠を買うために、山一つ越えて、十日町から来た人だった。

一度買ったら、十年持つよ。
でも、いい菅笠は、少なくなってきてるから、
今のうちに、買っておく。
畑仕事の時はもちろん、山でも川でも一年中被る。
だから、家以外に、車にも一つ入れてある。

とのこと。
山笠をこよなく愛する人物らしい。
彼の山笠愛に共感し、思わず私も欲しくなったけれど、
この笠を、背負って新幹線に乗って帰っても、実用の出番がないのでは、
笠にも、作り手にも失礼だ、と思って買わなかった。

「用の美」という言葉がある。
家具や台所道具、大工道具、自動車も耕運機も
食器や文具、衣類も靴も、使うもの、着るもの、
すべて使いやすさと美しさが両立するものが好きだ。
使うために作られたものを、使わずに飾っておくのは、
私の趣味ではない。時々でも使いたい。

山笠は、使えない。



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植木屋も盛況である。
タコ焼き、天津甘栗、焼きそば、リンゴ飴、
お祭りの定番の屋台もぼつぼつ賑わいはじめた。



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地元の食材を使った、塩漬けや味噌、惣菜。
勧められるまま試食すると、何もかも美味しい。
「白いご飯が欲しい・・・」とか話しながら、
塩漬けの蕨と、唐辛子のきいた刻み漬けを買った。

うろうろと、屋台の間を回って、ちょうど店が途切れたあたりで、
笠を買っていた十日町の人に再会した。

あら。

やあ。

次はどこへ回るの。

鈴木牧之記念館の方へ行くつもりですが、
ちょっと、遠いでしょうか。

それは歩ける距離じゃないでしょう。
ここへは、来るときはどうしたの。

駅からタクシーで。

じゃあ、近くまで乗せていってあげましょう。
小さな車だけど、怪しい者ではありませんよ。

と、名刺まで出して下さる。

まあ、なんという幸運であろう。
車で10分ほどの距離をお世話になることにした。

車の中での会話で、私が京都から来たと言うと、
十日町の人は、若い頃、京都で修行していたと語り始めた。

十日町は絹織物の町である。
絹に関わる仕事をする人たちの多くは、若い頃に京都に修行に行く習いがあり、
織り屋は織り屋に、染め屋は染め屋に、呉服屋は呉服屋に、
それぞれの家業を継ぐために、京都に出るのだ。
この方は、引き染めの修行に、友禅の工房に居たのだという。
同じ町から出た人の中には、職人として京都に残った人もあり、
自分の友だちも、有名な友禅作家の工房の主任として働いているのだ、
という話が出た。
京都に居た頃は、その工房によく遊びに行ったものだ。
先生には、十日町の○○ちゃん、ってかわいがってもらったよ。
という。

なんと、その友禅染め工房の今の主は、我が夫の友人であり、
十日町の人の言う先生とは、その亡き父上である。
娘の振袖は、この友人に作ってもらった。
娘がまだ小学生の頃から、
「この子の振袖、つくらせてや。」 と言われていた縁である。

色も図案も、娘の為に一から十まで創作して貰ったその振袖は、
小さなお雛様と共に、娘のための親馬鹿の極みであり、
一代ではなく、後世に残すべき伝統工芸の粋としての、分不相応な贅沢で
あるのだけれど、その振袖を染めた人の友人と、塩沢の里で出会う、とは、
なんという奇遇であろう。



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私も、自己紹介し、娘の振袖の話で盛り上がり、
短い道中の間に、様々な話が行き来した。

東日本大震災と、その前の中越地震をいかに乗り越えたか、
子どものこと、孫のことを絡めて、聞かせていただいた。
呉服の仕事は、業界の不況を見て店をたたんだが、
その直後に中越地震にみまわれた。
おかげで被害を最小限に出来たことが、今の生活につながっている。
と。
幸運とはいえないけれど、そう語る人の前向きさが、心に響く。

失くしたもの、ではなく、失くさなかったものを語ること、
そうして、人は前に進むのかもしれない。

などと思いながら、次に私が尋ねたことは、

「この辺りは、米どころ酒どころですが、
お薦めのお酒は、何ですか」 である。

「そうだな。このあたりは、小さな酒蔵がいっぱいあるから、
皆、それぞれ地元の酒が好き、という。
だから、私も十日町のお酒を勧めたいけれど、この辺には売ってないからなあ。」

と言いながら、この塩沢の蔵元を一つ、教えてくれた。

大吟醸なんか買ったらだめだよ。
昔の、二級とか、一級酒、が旨いから。
今は、醸造、とか本醸造って書いてあるからね。
上等のやつでも、純米酒、までだよ。
毎日呑む、酒好きの人なら、そうしなさい。

と有難いアドバイスをもらっているうちに、車は停まった。

牧之の記念館は、このちょっと先。
今夜は、町内の寄り合いがあって外せないけれど、
それがなければ、もっと案内してあげたかったな。
夜は、一緒に飲みたかったのに、残念だね。

と、うれしい言葉を聞きながら、車の外を見ると、
お薦めの酒の蔵元の前、暖簾が揺れている。
見上げれば、杉玉だ。

高い酒を買ったら、ダメだよ。

という声に送られて、車を降りた。

本当に、ありがとうございます。
助かりました。
どうぞお元気で。

と頭を下げて、道に降りれば、雪除けの雁木の続く街並みである。



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Commented by こんの at 2016-03-20 17:37 x
二日間待った。(疲れが出たのかなぁ)などと思ったりした。
いい出合い!が、嬉しいですねぇ
Commented by unburro at 2016-03-20 17:59
>こんのさん!

お待たせしました!

ちょっと、長編⁉︎なので、推敲に手間取りました。
深夜、ウトウトっとして、
書いたはず、を保存しないで消したりして…(ー ー;)
Commented by mother-of-pearl at 2016-03-20 18:13
心躍る出会いの第一幕をご紹介頂いて
”サザエさんシンドローム”でやや心が落ちていた
日曜日の夕暮れに陽が差し込んできたようです。

出会うべくして出会った方だったのですね。
娘さんのお振袖は益々大切な宝物になりましたね。

高い酒は買うなよ・・名言ですね~
”税制”という数字に踊らされたネーミングに惑わされぬように
という警鐘を心に止めおきます。


>失くしたもの、ではなく、失くさなかったものを語ること
そうして、人は前に進むのかもしれない

本当にその通りです。
まだこの手にあるものをしっかりと数えていきます。(*^^)
Commented by pallet-sorairo at 2016-03-20 20:41
なんという奇遇!
unburroさんが呼び寄せてるんですね、きっと。
へぎそばはあそこで食べたのかな、なんて思ってますが
まだまだ出てきそうもありませんね(^^ゞ
楽しい旅をゆっくりとご一緒しながら楽しんでいます。
Commented by saheizi-inokori at 2016-03-20 21:09
奇遇ってうれしいですね!
なくさなかったものでなく亡くしたもののことばかり考えている今日この頃を反省します。
酒は純米どまり、大賛成です。
Commented by unburro at 2016-03-21 00:42
> mother-of-pearlさま

サザエさんシンドローム!
学生の頃、会社員の頃を思い出します。
自営業になってからは、年中無休なので、
逆に、ちょっと羨ましい…です。

出会いは必然である、と常々思っているのですが、
今回ばかりは、驚きました。
でも、世の中は、思っている以上に狭いのかもしれませんね。
だって、私とmother-of-pearlさんが、今、繋がっている事も、
奇跡でもあり、必然でもあるワケで…
Commented by unburro at 2016-03-21 00:45
> pallet-sorairoさま

へぎ蕎麦への道は、次の酒蔵から始まるのです。
ふふふ、乞うご期待!
Commented by unburro at 2016-03-21 00:57
> saheizi-inokori様

saheiziさんも、「安斎」で、奇遇に遭遇⁉︎されたのですね。
そのうれしい様子を読ませていただいて、改めて
奇遇に出会う為には、奇ではない、常なる種、が必要なのだな、
と、思いました。

奇遇、つくづくと、イイですね!
Commented by こんの at 2016-03-21 08:13 x
> 広い海のどこかで大きな鯨が歌っている

うふ 昨年の今日のエッセイ
懐かしく読み返してま~す
Commented by unburro at 2016-03-21 09:35
>こんのさん!

一年前、もうすっかり忘れていました(笑)
このブログも、うかうかと足掛け3年…です。
こんのさんのような、大ベテランのブログを拝見していると、
私などが、続けられるものなのだろうか?
と、思っていましたが、休み休みですが、気が付けばなんとか歩いてきた、
という感じです。
いつも励ましていただいているおかげです。

今日も、
広い海のどこかで大きな鯨が歌っている。

私もゆっくり、深呼吸をしてみましょう。
Commented at 2016-03-21 14:36 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by unburro at 2016-03-21 17:35
>鍵コメmさま

自然と共に、自然に暮らすこと。
出来そうで出来ないのは、なぜなのでしょうね。

稲からは、米だけでなく、藁ができる。
藁から、縄、むしろ、蓑、笠、草履や靴まで出来る。
何一つ捨てることなく、人が暮らして居たのは、
ほんの数十年前のことなのに、ねえ…
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by unburro | 2016-03-20 16:59 | 旅 八海山 | Comments(12)